自然のまま。ありのまま。ひがしこうち旅

Vol.01

日本にここだけ。小さな村の、琥珀に輝くやさしいお砂糖

芸西村製糖組合 組合長 猪野司孝さん

みなさん、高知県の形はすぐに思い浮かぶでしょうか。扇型のような、ゆるい弧を描く横長の形です。その高知を、西、中央、東の3つのエリアに分けたとき、東の玄関となるのが「芸西村」。げいせいむら、と読みます。村のキャッチコピーは「小さくても元気で輝く村」。その通り、面積は約40㎢。高知県で3番めに小さな自治体です。小さいと言っても侮ることなかれ。芸西村の特産品は野菜と花き栽培。その出荷量は県内トップを誇ります。
そんな農と花を誇る芸西村に、細く、長く、受け継がれる文化があります。それが、黒糖づくり。芸西村で作られる黒糖だけが「白玉糖」と呼ばれ、その高い質のお砂糖を求めて県内外から人がやってくるそうです。

出迎えてくださった組合長。らんらんと輝く目の奥に、黒糖作りへの強い想いが灯っていました。

訪れたこの日。高知県は立春前、最後の寒波に襲われて、分厚いコートを着込んで芸西村に向かいました。
波間にお日様の光がきらきら反射する海を横目に、海沿いの道路をひたすら走っていると芸西村に到着。
道案内を頼りに「芸西村伝承館」に向かいます。伝承館は毎年11月から1月にかけて製糖作業が行われる場所で、いうならば芸西村の伝統産業の中心地。
ブルブル震えながら製糖小屋に入ると、思わず「あったかい」と声が漏れてしまいました。
小屋の中には湯気がもうもうと立ち込めていて、しっとりとあたたかい温度が肌を包みます。
小屋の中心部には、大人が腕をぐるりと回したよりもずっと大きい釜がいくつもあって、その周りで5人ほどの方が休むことなく手を動かしていました。
「よう来たね」と出迎えてくださったのが、製糖組合長の猪野さん。芸西村に生まれ、この場所で育ち、この場所で黒糖作りをを受け継ぎ続けています。
強い眼差しと日に焼けた精悍な顔つきからは、長きに渡って熱心に農の世界に関わっていたことが伺えます。

黒糖を、未来へ受け継ごう。立ち上がったのは、この村で生まれ育ったおじいさんたちでした。

芸西村でサトウキビの栽培が始まったのは200年ほど前。
芸西村の温暖な気候と水はけの良い土地はサトウキビ作りにぴったりで、そのサトウキビを絞って煮詰めてできるのが黒糖です。
昭和20年から30年頃には、黒糖は芸西村の一大産業として栄え、あたりは一面さとうきび畑だったそうです。しかし、昭和40年頃から、安い外国産の砂糖が輸入されるにつれて、芸西村での黒糖作りは下火になっていきます。
白砂糖に比べて価格も高く、また、味に特徴があって料理に使いにくいと思われた黒糖は、だんだんと家庭の中から姿を消していきました。
風前の灯火だった伝統の黒糖作り。これに待ったをかけたのが猪野さんを中心とした農家メンバーです。
先人たちが継いできたこの産業を残したいと、60代から80代までのメンバーが集まって芸西村製糖組合を立ち上げました。

湯気立ち込める小屋の中で、あらわるあらわる職人技。白玉糖作りは、長年の経験が生み出す、貴重な伝統です。

今やスーパーで手頃なお値段で手に入る黒糖ですが、実は製糖作業にはかなりの時間がかかります。製糖日当日、メンバーが伝承館に集まるのはなんと午前3時。
お日様も寝静まって、しんと静まった時間から製糖作業は始まります。
まずは刈り取ったサトウキビを絞る作業。
圧搾機にサトウキビを押し込むと、黒糖の元となる汁がジャージャーと出てきます。
ここからおよそ6時間煮詰めると黒糖になるのですが、味の決め手となるのが数々の職人技です。
1つ目が、石灰の量。
石灰を入れることで酸度を調節し、不純物の沈殿を促すのですが、この量が少なすぎては不純物が黒糖に混じってしまいます。かといって量を多く入れすぎると、今度は石灰の苦味がそのまま味に出てしまう。多くても少なくてもいけない「ぼっちり」の量を見極めるのはまさに経験がなす職人技。
2つ目の職人技は火加減。
芸西村ではガスや電気に頼らず、できる限り昔ならではの作り方に依って黒糖を作っています。自分たちで薪を切り出し、サトウキビを煮詰める5〜6時間の間、薪で火を焚き続けます。空気窓を開け閉めしながら酸素の量を調節し、ちょうど良い加減の火を焚き続けるのも、やっぱり職人だから成せる技。

1日かけてやっと完成したのは、琥珀色につやつや輝く、世界でここにしかない白玉糖。

3つ目は、煮詰めの作業。
数時間煮詰めていると、だんだんと水分が飛んで、釜の中は粘度があがってきます。
沸騰の音も、お湯を沸かした時のあのぶくぶくという感じから、ボコッボコッと下から空気が上がってきて弾けるような音に変わってきます。「ボカ」がきていると言うそう。
このボカのタイミングの見極めが非常に難しいのです。
ボカが足りないと水分が多くてちゃんと固まらないけれど、ボカが過ぎると焦げ付いてしまう。
ぼっちりの加減を見極めるために、すくい上げた黒糖を水の中に細く細く垂らしていきます。水の中に浸かると、液体が冷えて固体に変わります。この固体を指でさわって、ボカの加減を確認するのです。
「まだやね、あと5分や。」言葉の節々から、脈々と受け継がれてきたものを感じます。
煮詰めが終わると、素焼きの鉢でゆっくりと温度を下げます。

これを型に入れて固めて、ついにできるのが芸西村の黒糖・白玉糖。黒糖というとこげ茶に近い色を思い浮かべますが、白玉という言葉の通り、芸西村の黒糖は白みがかったキャラメル色。チョコレートのようにつやつやと輝いています。
ひとかけらいただいて口に放り込むと、シャリっとした食感のあとほろほろっと砂糖が崩れて、口いっぱいに広がる奥深い味わい。思わず吐息が漏れます。

村のお年寄りたちの熱い想いは、静かに、だけど確実に、未来を生きる子どもたちの心にも。

これからもこの文化がずっと残っていったらいいですね、と猪野さんに話したところ、意外な言葉が返ってきました。
「残っていったらいいなと思うけれど、それはこれからの人たちが決めること。伝統は受け継がせようとして受け継がせるものではないからね。やりたいと思ってもらえたら、そしたら継いでくれたらいい。」
「黒糖作りは、私たちにとってはなくてはならないもの。だけど、子や孫に絶対継いでいってくれ、とそんな風には思わない。継ぎたいと思う人がいるかもしれないから、その時に教えられるように、今残しているんだ」
そう、静かに、しかし力強くおっしゃいました。

この日、猪野さんの娘さんとお孫さんが製糖のお手伝いに来ていました。
お孫さんは現在中学生。
黒糖作り、好き?と尋ねると、「あんまり好きじゃない。体が大変だし。」と笑っていました。
「だけど、出来上がった黒糖を食べると、今年もこの季節がきたんだなって思います」

芸西村の冬を象徴する黒糖づくり。
伝承館では見学や、黒糖作り体験の受け入れも行っています。
細く、熱く、しなやかに受け継がれる東部の文化を、ぜひ味わいにいらしてください。

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