遊漁船「海来」 船長 松尾拓哉さん

遊漁船「海来」 船長 松尾拓哉さん

室戸の深海に棲む生き物を全国へ

高知県室戸市は昔から漁業文化がある地域で、今では定置網、一本釣り、たて縄といった漁法で、カツオやキンメダイ、ブリ、ハガツオなどの豊富な魚が漁協に揚がります。そんななか、カニ籠漁を行いオオグソクムシ、ヌタウナギなどの深海生物を中心に漁をする若手漁師が佐喜浜町にいます。遊漁船「海来」の船長、松尾拓哉さんです。

大阪府出身の松尾さんは、「幼い頃に熱帯魚を買ってもらったことがきっかけで、好きになり、将来は生き物に携わる仕事に就きたいと思っていました。小学生の時に父親と室戸に初めて来て、珍しい海の生き物や漁師さんの漁を見ることができたんですよ。その時に、室戸で漁師が運営する水族館を作るという夢ができました。」と言います。

夢ができた小学3年生の時から、室戸に足繁く通うようになり、地元の漁師さんの漁船に乗せてもらったり、生き物を獲って大阪で飼育をしたりしていたそうです。
「室戸に来ることができない時は、川に生息するオイカワなどを繁殖させたり、中学生の時には、都会に自然を作りたかったので、学校の校庭にビオトープを作ったりもしていました。」

夢を叶えるため、単位制の高校に通いながら土木工事、造園土木の現場でバイトをし、卒業後は生物のことを学ぶ専門学校に
進学。その後は関東、近畿の水族館で深海生物担当の飼育員として経験を積み、2016(平成28)年に妻子と室戸市に移住してきました。
移住後は、新規漁業者支援事業を活用し、小学生の時からお世話になっていた漁師さんのもとで、約2年間、キンメダイ、アカムツを獲るたて縄漁やホエールウォッチングなどの仕方を教わり、2019(令和元)年5月に独立。

現在は、深海生物の販売をメインに、体験漁・クルーズ、移動水族館の3つの事業を行いながら、県や市が開催するイベントなどにも参加しています。
松尾さんの「価値がなかった魚を新たな水産資源として活用し、持続可能な漁業をしていける環境作り」への挑戦や、西日本初の深海生物漁業体験は、様々なメディア、企業などから注目され、2019(平成31)年3月に「第16回 オーライ!ニッポン・ライフスタイル賞(個人賞)」を、2020年(令和2)年1月には、「第3回 四国アライアンス ビジネスプランコンテスト(ソーシャル部門) 優秀賞」を受賞しました。

遊漁船「海来」は、水族館のような生き物を生かす仕組みに改造されているそうで、「船内には水温を調節するための水槽用クーラーや、水を綺麗にする濾過循環装置を搭載し、お客さんにも快適に利用してもらえるように、ウォシュレットトイレやWi-Fi、電子レンジなども完備しています(笑)。」と教えてくれました。

珍しい生き物が獲れると、ついテンションが上がってしまうと言う松尾さん。「漁に出ると、毎回、見るものが違うので、すごく楽しいです。僕の場合、教育観光として漁業体験を行っているので、漁の解説はもちろん、参加者に獲れた生き物を触ってもらったり、一緒に水槽に移してもらったり、仕分けをしてもらっています。体験を通して、自分が楽しいと思うことを、皆さんにも紹介したいし、命や食の大切さを学んでもらいたいですね。」

松尾さんが室戸にこだわる理由は、「ここの海は、陸地から約2~3キロほどで深海に到達する地形になっていて、変わった生き物を身近に見ることができます。魚の種類が多く、そのなかでも美味しい魚や価値のある魚はたくさんいますが、深海生物は獲れても捨てられています。しかし、深海生物には新しい発見があり、見たことのない生き物が獲れた時に、どういう風に飼育すれば良いのかを考えることが面白いです。室戸には海洋深層水取水施設があるおかげで、深海生物の飼育に適した環境があり、深海までが近いので取水に掛かるコストを安く抑えることができるんですよ。」

最後にこれからの展望を聞いてみると、「将来は、生き物が暮らす環境を再現した漁師ならではの水族館を造り、展示だけでなく、生き物に触れ合えるアカデミックな施設にしたいと考えています。僕自身、室戸の海や人から夢を与えてもらったので、遊びに来てくれる子どもたちにも、ここで夢を見つけ、いろいろなことに繋げてもらいたいという想いで今後も活動を続けていきます。そのためにも、地域に貢献しながら、室戸の良さを広めていきたいですね。」と少年のような笑顔で話してくれました。

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